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アンナ・カヴァンは何を書いたのか。~出産への嫌悪、夢想と幻想の行き先~

 先日「愛の渇き」を読み終え、これで邦訳されているカヴァン作品は全て読み終わりました(多分)。

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 まずは簡単な分類を、

原書の出版年月は画像の通りで、左のものほど古く、右のものほど新しいです。

●短編集 「われはラザロ」「アサイラム・ピース」「ジュリアとバズーカ」

○長編  「あなたは誰?」「鷲の巣」「チェンジ・ザ・ネーム」「愛の渇き」「氷」

 こうして出版の並び順を見て、私は驚きました。自分的にカヴァンの作品は①「女性、結婚、恋愛」の要素が強い作品と、②「現実と非現実が混ざり合う」要素が強い作品で大まかに分けられると思うのですが、画像の並びはこの二つの作品が交互になっているのです。個人的な分け方は以下の通りです。

①「ジュリアとバズーカ」「あなたは誰?」「チェンジ・ザ・ネーム」「愛の渇き」

②「われはラザロ」「アサイラム・ピース」「鷲の巣」「氷」

 ただ、短編集は短編集であるがゆえに分類しずらいところがあるので、そこは目を瞑り、長編についてのみ話すことにします。

 さて、作品に触れていきましょう。

【鷲の巣と氷】

 私としてはカヴァンの作品は恋愛色の強く無い方、②の方が好きなのでそちらから。カヴァンと言えば「氷」が有名ですが、ストーリーは違えど雰囲気は「鷲の巣」と似ている所があります。まず一つには登場人物に名前が無いことでしょうか。どちらの小説も地に足の着いていない感覚が常にある。たとえ文字としてある場所に立っているのだと書かれていても、読者としてはそれが信じにくい。小さなきっかけからたちどころに非現実が現れ、カヴァンの描写がその圧倒的な威力を持つ非現実(現実よりも強いように思える)を後押しするのである。

 「氷」ではただひたすらに<私>が<少女>を求め、<長官>と対峙しながらまるで現実感の無い道を進んで行く。「鷲の巣」では鷲の巣と呼ばれる邸宅に着いた<私>と<管理者>との間に起こる歪みと錯乱が描かれている。それは時に不合理なほど唐突だし、論理的なのかも分からない。まさに<私>が作り出す妄想の様な出来事だ。

 作品に一つ色を与えるとしたら、きっとそれは「白」だ。あまりに眩しすぎる時の白、真っ暗だからではなく明るすぎて目が見えない「白」。「白」が全てを呑み込んでいくのである。

 カヴァンの世界に安心は無い。あったとしてそれは直ぐに不安に変わるための種である。登場人物はエゴイストで、期待を裏切られるとすぐにマイナスの方へメーターが振りきれる。彼らが何処に行きつくのか全く分からない。「氷」の冒頭「私は道に迷ってしまった」という文章。それはまるで読者のために用意されたかの様な言葉だ。

 現実と非現実が混淆する小説というのは勿論カヴァンだけが書いたものだけではないけれど、その中でもカヴァンの作品はひと際目立つ。私はそれに魅せられてしまったのだ。

 

あなたは誰?、チェンジ・ザ・ネーム、愛の渇き】

 カヴァン作品に出てくる少女は、親から普通の娘として扱われていたためしが無い。母と娘の距離は果てしなく遠く、殆ど他人である。何故そうなってしまうかというと、母親が産みたくて産んでいないからという事が大きい。「愛の渇き」では子供を産んだことによって自らの体が崩れ、そのことから結婚を嫌い、性交を嫌い、出産を嫌い、子供を嫌う。

 特に出産には後悔がつきもののようだ。誰もが自分の産んだ赤ん坊を可愛いと思えていることが信じられなかったり、出産の余りの辛さに二度と子供を作らないことを胸に誓ったりする。

 チェンジ・ザ・ネームでは主人公は夫が亡くなると、直ぐに次の男を見つけだして、周りが不謹慎に思うのも関係なしに結婚する。あなたは誰?では、望まない結婚生活から抜け出す。愛の渇きでは、殆ど召使として男と結婚する。何処にも円満な愛の生活は見出すことが出来ない。すべてが破滅の運命を担っているのだ。

アンナ・カヴァンは何を書いたか】

 結局カヴァンは何を描いただろうか。よく彼女がヘロインを服用していたことが語られるが、勿論文章自体に錯乱が見られるわけではない。経験として生きているだけである。それは私達が日々得る些細な経験と違わないものだ。寧ろ、カヴァン作品の女性はそういう物を嫌うだろうし、清廉さや純白さを求めているのである。錯乱や非現実にしても、文章としては的確な語彙で明確に語られているのだ。

 非現実が描かれるのだから、読者である私達は当然異質で奇怪なものを目の前に見る。それがどのような形で、どのような方向に変化し、どのような意味を為すのか、それを胸中でぐちゃぐちゃにしながら読み進める。その体験がどうして特別でないだろうか。アンナ・カヴァン作品でそれをするには、アンナ・カヴァン作品を読むしかないのだ。

 どこにいても居心地の悪さが拭えない。話は噛み合わず、欺瞞に満ち、頼るものもない。カヴァン作品に渦巻く泥流の中に一度入ってみることをお勧めします。

 

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